Mag-log in「高嶺のお祖母様」そう声を掛けられ、お祖母様と共に振り向く。そこには一人の女性が立っている。御堂院静香だ。大病院の令嬢らしい、清楚な白いワンピース姿。思っていたよりも柔らかい印象。「静香さん」お祖母様はそう言って微笑み、御堂院静香を招く。「さぁ、こっちへ」そう言ってティーラウンジへと入って行く。席に着き、御堂院静香と向き合う。今はまだ俺の隣にお祖母様が居る。だから話を聞き出すのはもう少し後だ。その場で軽い自己紹介と、当たり障りのない会話をする。お祖母様はそれを見届けて言う。「遼大、少しホテルの庭園を歩いて来たらどう?」そう言われて俺は立ち上がる。「そうですね」帝国ホテルの庭園に出る。二人きりになったタイミングで、どう切り出そうか考えていると、御堂院静香が言う。「高嶺さん」言われて御堂院静香を見る。「無理やりお見合いなんてごめんなさい」そう言って御堂院静香が頭を下げた。急な事で驚いていると、御堂院静香が頭を下げたまま言う。「今回のお見合いは私が父に頼んでお願いしたんです」そう言われて俺は眉を顰める。「頼んだ……?」御堂院静香はゆっくりと頭を上げると、その顔に悲し気な笑みを浮かべて言う。「私は東都メディカルの娘です、だから結婚相手は自分自身では決められないんです。全て父が決めます。病院の為、家の為……相応しい人を、と」大病院を経営している人間の考えそうな事だ。「私には心に決めている人が居るんです。その人も天才です、何の申し分も無い、けれど父はその人が好きでは無いんです……」そう言われてピンと来る。御堂院静香が好きな男に心当たりがあった。「私は籠の中の鳥なんです。決して抜け出せない……」そう言って俯く御堂院静香が顔を上げる。その瞳に涙を浮かべて。「だから今回、高嶺家と縁談の話が持ち上がった時、これが最後のチャンスだと思いました……」俺はふっと笑い、言う。「賀神、だな?」そう聞くと御堂院静香は一瞬、驚き、そして微笑む。「そうです」だから賀神は御堂院静香の名が出ると、いつも何か含みのある顔をしていたんだなと思う。賀神と御堂院家にどんな確執があるかは俺には分からない。だが協力は出来そうだ。俺は御堂院静香に微笑み、スマホを出す。連絡先に登録されている賀神に電話を掛ける。「あ、賀神か? 悪い、ちょっと帝国ホテル
賀神さんがオフィスに戻って来る。「高嶺、戻っていたのか」賀神さんが遼大にそう言う。「あぁ、ついさっきな」そう言って遼大が苦笑する。「どうだった? 愛沢くるみは」遼大がそう聞くと賀神さんは湊の横に座り、大きく息をつく。「頭痛は一過性のものと見て、間違いないでしょう。おそらくは記憶を取り戻している最中の、副作用」そう言われて納得する。「まぁ、そうだろうな」遼大が少し息をついてそう言う。私は賀神さんに聞く。「それで? 話は聞けた?」そう聞かれた賀神さんが苦笑する。「いえ、口は割りませんでしたが、怯えている様子でした」そう言われて遼大と顔を見合わせる。(愛沢くるみが怯えている……)愛沢くるみはどんな時も自信満々で、誰よりも計算高く、狡猾だ。そんな彼女が怯える……?そう考えながら私は私に愛想良く笑って見せた愛沢くるみを思い出す。まさしく無垢そのものだった。性格が曲がる前の愛沢くるみは、ああいう人だったんだろう……そう思えた。だからこそ、自身の頭の中に埋もれている記憶が呼び覚まされた時、流れ込んで来る醜悪さに怯える事は有り得るのかもしれない。「これから注意深く観察しないといけないな」遼大がそう言う。「そうね、私もそう思っていたところよ」私がそう言うと、湊が不意に口を開く。「今、仮に愛沢くるみの記憶が蘇っているとして。そのタイミングで俺や燈が接触するのは、記憶の回復を早める効果があるかもしれない」湊がそう言うと、賀神さんが頷く。「その可能性は高いでしょうね」そう言われて私は少し笑う。「善良な愛沢くるみと、邪悪な愛沢くるみ……勝つのはどっちなんでしょうね」私がそう言うと遼大が鼻で笑う。「その人間の本質なんて変わらないさ」愛沢くるみは今までずっと、自身の生い立ちや私への嫉妬が原因で、性格を歪めて来ている。私から何もかもを奪う為に、文字通り、彼女は何でもした。それが自身の体を売る事であっても、人殺しであっても。「それで? 高嶺の方はどうなったんだ?」賀神さんが聞く。今度は遼大が苦笑する番だ。「明日、御堂院静香に会うよ」ほんの少し引っ掛かり。御堂院静香の名前が出る度に感じる、賀神さんを包む空気の変化。賀神さんは少しだけ微笑み、言う。「そうか」それを見て遼大が言う。「お祖母様の顔を立てるだけだ」賀神さん
身体を売っている……!?自分の頭の中でよみがえって来る言葉の数々が私を襲う。一体、何の事なの?私が身体を売るって何なの?「愛沢さん?」佐伯燈にそう声を掛けられ、ぞわっとする。(何なの……この感覚……)私は懸命に堪えながら、取り繕うように言う。「少し頭が痛いんです、なので一人にして貰えますか?」そう言うと佐伯燈が私の肩に触れて言う。「診ましょうか?」そう言われて私は思わず佐伯燈の手を払う。「止めて!」そうして私は我に返る。ハッとして、佐伯燈を見て言う。「ごめんなさい……その……」そう言った時、佐伯燈の後ろに控えていた医師が言う。「私が診ましょう。佐伯顧問」その人を見上げる。(この人、誰……?)こめかみを抑えながら彼を見る。眼鏡をかけ、冷たい印象の人。「行こう、燈」久遠湊がそう言う。◇◇◇オフィスに戻ると、遼大が待っていた。「燈」遼大はそう言って私に微笑む。「遼大」私は遼大に駆け寄る。遼大はそんな私の腰を抱き、言う。「愛沢くるみはどうだった?」そう聞かれて私は言う。「千堂理から研究の話を聞いたの。それで嗅覚を刺激するのが良いんじゃないかって話になって」私がそこまで言うと、遼大が苦笑する。「だからこんなに甘い匂いがするんだな」普段、私は香水などつけない。医師であれば、勤務中に香水など、もっての外だからだ。「それで?」遼大は私に座るよう促し、聞く。ソファーに座りながら言う。「愛沢くるみはこの香水を嗅いで、やっぱり様子がおかしくなった」そう言うと遼大が聞く。「おかしくなった?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、頭が痛いと言い出して、それから、何かを思い出したように眉間に皺を寄せていたわ」遼大は何かを考えながら呟く。「やはり嗅覚が刺激になったか……」一緒に戻って来ていた湊が私たちの向かい側のソファーに座る。「あれは確実に何かを思い出していたと、俺もそう思います」湊にそう言われて遼大が頷く。「今は賀神さんが愛沢くるみの頭痛について、診ているわ」私がそう言うと遼大が聞く。「賀神が?」そう聞かれて私は苦笑する。「私は拒絶されたの」そう言うと遼大が眉間に皺を寄せて聞く。「拒絶された?」そう聞かれて頷く。「えぇ」湊が溜息をついて言う。「きっと記憶の中の何かによって、拒否反応が出た
愛沢くるみの病室に行く前に、私たちはすり替え用に調合した偽の香水を用意する。まずは嗅覚を刺激する事にしたのだ。(これで何か反応が出ると良いけれど……)そう思いながら私は賀神さんや一条和輝、湊と共に愛沢くるみの病室を訪れる。「先生! 今日はたくさん、お医者様が集まってるんですね」愛沢くるみは屈託のない笑みでそう言う。(どの程度、近付けばこの香水の匂いが届くのかしら)そう思いながら私は愛沢くるみに近付き、その間も愛沢くるみの様子を注意深く観察する。「一条先生よ」私がそう言って一条和輝を愛沢くるみに紹介する。愛沢くるみは一条和輝を見て微笑み、小さく会釈した。「はじめまして、愛沢といいます」愛沢くるみの記憶が確かなら、一条和輝を見て、何らかの反応がある筈だ。それは演技をしていても見抜けるくらいの経験が私にはある。けれど愛沢くるみは本当に初めて出会ったような顔をしている。「一条です」一条和輝はそう言って完璧に微笑み、動揺を見せない。そう言う意味では一条和輝は肝が据わっている。(やはり“人”ではダメなのね)そう思いながら私は一歩、愛沢くるみに近付く。ふわっと甘い香りが周囲を包む。その香りが愛沢くるみにまで届いたのだろう。愛沢くるみが一瞬、微笑む。「この香り、すごく甘いですね……」そう言った次の瞬間には、顔を歪める。愛沢くるみは目を強く閉じ、眉間に皺を寄せて何かを呟く。「何、何なの……何……」(効果があったようね……)やはり嗅覚の刺激が一番、記憶を呼び覚ますのに有効だった。「どうしました?」私が近付きながらそう言うと私の差し出した手を愛沢くるみが払う。「近付かないで!」そう言われて私は注意深く愛沢くるみを観察する。(思い出したの?)そう思いながら私は愛沢くるみの反応を待つ。愛沢くるみは眉間に皺を寄せたまま、こめかみを抑えている。◇◇◇甘い香りが鼻をつく。最初は甘くて良い香りだと思った。けれどそれを嗅いだ次の瞬間には頭痛がして、頭の中に映像がよぎる。最初に見えたのはどこかの工場のような場所で私が寝かされていて、拘束されているところだった。嫌がる私に真っ白な髪の男が何かしようと手を伸ばしている。次に見えたのはどこかの家の中で同じように拘束され、何かを点滴され、幸せな夢を見ているような感覚になった事……。次々に変わる場面。
お祖母様の声の方へ向かう。そこは応接間で、俺は入る前に立ち止まり、短く息を吐く。意を決して扉を開ける。広がった懐かしい風景。(ここは変わらないな……)そう思い苦笑しながらソファーに座っているお祖母様を見る。お祖母様は俺を見て微笑み、そして言う。「こっちに戻って来ているなら、どうして私の元に顔を出しに来ないの?」そう聞かれて俺は苦笑したまま言う。「色々と忙しかったんです」俺がそう言うとお祖母様は諦めたように微笑み、そして手を差し伸べる。「可愛い孫の顔を見せて」そう言われて俺はお祖母様の元に行く。お祖母様は俺を見て言う。「座りなさい」そう言われて俺はお祖母様のすぐ隣に座る。「私からの連絡ですぐに来た、という事は縁談の件で来たのよね?」そう聞かれて俺は頷く。「そうです」お祖母様はテーブルの上に置かれたファイルを指差す。「それが御堂院家の令嬢の写真よ」そう言われたが俺はそれを見ずに言う。「俺にはもう相手が居ます」俺にそう言われたお祖母様は溜息をつき、言う。「えぇ、知っているわ。佐伯燈でしょう?」そう聞かれて俺は頷く。「そうです」お祖母様はまた溜息をつき、そして手を差し出す。差し出されたその手の上に別のファイルが載せられる。高嶺家の執事、篠山がお祖母様の手に載せたのだ。「佐伯燈の事は調べたわ」お祖母様はそう言って、俺にそのファイルを差し出す。俺はそれを受け取り、開いてみる。中には燈の基本的な情報から、今までの人生の記録が載っていた。「佐伯燈はあなたには相応しくないわ」お祖母様がそう言う。「家柄は問題ない、けれど、その後が問題よ」お祖母様は俺を見て、その強い光を瞳に走らせる。「医療過誤の問題に離婚歴、流産までしているじゃないの」そう言われて俺は笑ってファイルを閉じる。「それが何です?」そう聞くとお祖母様は俺に鋭い視線を投げて来る。「高嶺家は由緒正しい家柄よ。家門に傷をつけるような女は高嶺家には相応しくないの」そう言われて俺は肩をすくめる。「それなら俺が高嶺を出れば、問題解決ですね」俺にそう言われたお祖母様は息を飲む。「……本気で言っているの!」そう言われて俺は笑う。「誰にこれを見せられたのかは知りませんが、これは真実ではありません。燈は嵌められたんです。医療過誤も罠だった。今はその件について、問
「大病院のお嬢様?」湊がそう聞く。「どこの大病院だ?」続けて聞いた湊に遼大が苦笑する。「東都メディカルだよ」そう言われて皆が驚く。「東都メディカルって、あの御堂院家が経営している……?」ここ、聖カトリーナから少し離れた競合しない立地に建っている東都メディカル病院。民間の病院ながらかなり大きく、そして事業としても拡大をしている病院だ。「東都メディカルの令嬢って事は……御堂院静香か」そう言ったのは賀神さんだ。遼大が聞く。「賀神、知っているのか?」そう聞かれた賀神さんが苦笑する。「学生時代にちょっと、な」何だか含みのある言い方だった。「家柄だけだったら佐伯家も負けてはいないだろう?」湊がそう言う。「あぁ、そうなんだ」遼大がそう言って私を見て微笑む。「だから大丈夫だ」遼大がそこで短く息を吐くと、立ち上がる。「とにかく俺は一度、家に戻って話を聞いて来るよ」私も微笑んで言う。「そうね、その方が良いわ」◇◇◇遼大は一度、家へ戻り、残された私たちで再検討する。「愛欲の女王については千堂理に聞いた方が話が早いだろう」一条和輝がそう言う。「そうね、私もそう思う」私がそう言うと湊も微笑む。「皆で病室に行きましょうか」賀神さんがそう言い、私たちは千堂理の病室へ向かう事にした。私たちが病室に入って行くと千堂理は私たちを迎え入れ、そして自身が研究して来た愛欲の女王について話してくれる。「それで、今の愛沢くるみの状態だけど」私はそう言って愛沢くるみの現状を千堂理に見せる。「無茶な抽出プログラムで海馬に負担がかかったようで、記憶を失くしているの」私がそう言うと千堂理がタブレットを見ながら言う。「なるほど……」千堂理はいつの間にか手に入れていた自身のノートPCを操りながら言う。「これは僕の推測になりますが」そう前置きして、千堂理が言う。「愛沢くるみの記憶を戻すためには呼び水が必要かと」そう言われて私は聞く。「呼び水?」私にそう聞かれた千堂理が頷く。「そうです。何か記憶を失くす前の匂いや出来事、記憶に残っていそうな言葉などがトリガーになって記憶が戻る場合も有り得ます」千堂理にそう言われた湊が言う。「そうか……!」湊は私たちを見ながら言う。「俺は海馬に負担を掛けたそのもの自体を排除しなければならないと思って







